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高松高等裁判所 昭和28年(う)393号 判決 1953年12月07日

控訴人 被告人 堀尾好樹 外一名

弁護人 武田博

検察官 高橋道玄

主文

原判決を破棄する。

被告人両名を各懲役四月に処する。

但し本裁判確定の日より各貳年間右各刑の執行を猶予する。

被告人両名に対し司法警察員押収に係る猪野荘治郎保管の栄泉丸を没収する。

訴訟費用中原審において証人小山一敬に支給した分は被告人両名の連帯負担とする。

理由

弁護人武田博の控訴趣意は別紙記載の通りである。

本件記録を精査し総べての証拠を検討するに

一、原判決挙示の証拠により

昭和二十五年八月十七日頃当時京都市中京区烏丸通り御池所在の水産業を営む紀美水産有限会社の愛媛県南宇和郡西外海村にあつた福浦出張所の責任者の被告人堀尾好樹とその次席の被告人小松嘉正が共謀して、同会社のために右福浦出張所で、吉田正則の世話により、当時新吉豊一、川満三郎等々が沖縄方面より密輸入して前示西外海村麦海に碇泊していた右新吉等所有の船籍沖縄の二十五馬力木造漁船栄泉丸総噸数一四噸五〇を、その密輸入された船であることを知りながら代金十一万円で買い受けて、その代金を支払いその船の引き渡しを受けた原判示事実を認めることができる。

なるほど前示栄泉丸は最初は輸入の客体として日本の領海に入つたものではなく、前示新吉等が真鍮屑、銑鉄を蜜輸入する運搬船として沖縄方面より渡来したものではあるが、日本に到着後右新吉等が帰国の旅費に困り前示の通り本件被告等に同栄泉丸を売却するに至つたのであつて、かかる場合右新吉等の貨物としての右栄泉丸の密輸入罪と共に被告人両名の密輸入貨物の故買罪が成立するものと言わなければならない。右栄泉丸が日本の領海に入る迄は輸入の客体でなかつたことは、その後に同船の密輸入罪が成立することを妨げるものではない。原判決には事実誤認も法令解釈の誤りも認められない。

一、被告人両名が紀美水産有限会社の福浦出張所の責任者として同会社の為に前示認定の通り無免許輸入の貨物たる木造船栄泉丸を故買し、これを被告人堀尾好樹が保管中本件につき昭和二十五年八月三十一日南宇和地区警察の司法警察員によつて押収せられ猪野荘治郎に保管を託されているのであるから、被告人両名に対しては右栄泉丸は関税法第八十三条第一項(昭和二十五年九月三十日政令第二五九号による関税法の一部改正前のもの)により没収せらるべきものである。昭和二十六年二月二十日松山地方裁判所宇和島支部で川満三郎、新吉豊一、吉田政則に対して言渡されて確定した関税法違反等被告事件の判決において前示新吉等の犯行につき前示栄泉丸の没収の言渡しがなされているにしても、本件につき被告人両名から栄泉丸を没収するの妨げとなるものではない。原判決が栄泉丸を没収する代りに前示関税法第八十三条第三項により、被告人両名に対しその原価を追徴しているのは法令の適用を誤つており、その誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかである。

よつて刑事訴訟法第三百八十条第三百九十七条第一項により原判決を破棄し同法第四百条但書により当裁判所は更に判決する。

罪となる事実及びこれを認める証拠は原判決の示す通りである。

(法令の適用)

昭和二十五年九月三十日政令第二九五号による改正前の関税法第七十六条の二第一項、罰金等臨時措置法第二条第一項、(前示関税法第七十六条第一項第百四条)。刑法第六十条。懲役刑選択。刑法第二十五条第一項前示関税法第八十三条第一項。刑事訴訟法第百八十一条第一項本文第百八十二条。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

弁護人武田博の控訴趣意

第一原審判決には事実認定を誤り法を不法に適用した違法がある。即ち原審に於ては、被告人両名はいずれも紀美水産有限会社の使用人として同社福浦出張所に勤務中愛媛県南宇和郡西外海村麦浦海岸に来ていた栄泉丸が新吉豊一等において沖縄方面から免許を受けずして輸入した貨物なるの情を知りながら共謀の上昭和二十五年八月十七日頃同村福浦所在の右会社出張所において同会社のため吉田政則のあつせんにより同船共有者代表新吉豊一より金十一万円にて買受けもつてこれを故買したもので同船はトン数十四、五原価二十二万千円のものであつた。

と認定し右栄泉丸が無免許輸入貨物であるとの前提の下に被告人等に対しその情を知りたる故買の事実ありとして関税法第七十六条の二を適用処断したが右は次の点に於て事実誤認であると同時に関税法の輸入貨物の解釈を誤り因て右法条を不法に適用した違法がある。(一)関税法は第二章において船舶に関する規定を設け第三章において貨物に関する規定を置き船舶と貨物とは概念上にも取扱上にも各々異つた定めを為して居り右第二章の規定する船舶が外国貿易船であることは関税法の性質上当然に属するものと思料せられるから関税法の規定上からは船舶は当然には貨物であると断ずることは出来ないと信ずる。(二)而して船舶が輸入行為の目的物となるときには関税法にいわゆる貨物と解すべき場合があり得ることは関税定率法第一条及別表第十六項五六八の定めにより争ふことの出来ない事実ではある。(三)併し乍ら船舶が輸入行為の目的物であつたか否か又その輸入行為は何時着手があり既遂に至つたか等の事実は該船舶の知情故買犯を認定する前提的事実であるから之は証拠に基き証明することを要するものと思料する。(四)然るに右栄泉丸は差戻前の原審相被告人川満三郎等の供述調書(警察)並質問調書(大蔵事務官)の記載によると同被告人等は山城某に雇われ密輸貨物の運搬の為に愛媛県南宇和郡西外海村高茂湾迄航海したものでその所有者である右川満等に於ては右栄泉丸を密輸の対象とする意志の下に愛媛県に来たものではなかつたが其後積載貨物を他の船舶に積み替へて後居住地沖縄に帰港せむとする内同行者の病気其他により思はざる出費がかさみ為に金銭に窮して右栄泉丸の売却を思ひ付いたものであることが窺へるのである。(五)被告人等は右船舶を吉田政則のあつせんにより当初同人が右船舶は鹿児島から来た船であると告げた言を信じ当時紀美水産有限会社に於て漁船を必要とする事情にあつた為に被告人等独断で臨機の措置として同会社の為に右栄泉丸の買入れを決意したものであることは大蔵事務官の質問調書及司法警察員に対する供述調書により之を認めることが出来る。(六)故に右川満等が沖縄を出て前記高茂湾に来る迄の行為は右栄泉丸を日本内地に輸入する意思なき行為であるから之を以て同船の密輸入行為と為すことは出来ないのみならず金銭に窮して右栄泉丸を売却せむとした行為そのものは密輸入行為ではあり得ない。蓋し密輸入とは輸入せんとする物件は無免許で外国より日本内地に搬入する行為であるから輸入物件の場所的移転を要するものであるに拘らず既に輸入の意思なくして日本内地に搬入せられた物件の売却を為したのみであるから之を以て密輸入行為であるとは到底理解し難いところである。(七)結局右栄泉丸を前記川満三郎等が密輸入したとの行為は事実上之を認めることが出来ない。従つて被告人等が該船舶を前記会社の為に買受けたとしてもその行為が密輸入品の故買であると為すことは出来ないにも拘らず之に対し関税法第七十六条の二を適用処断した原判決は事実誤認であると同時に右法条を不法に適用した違法がある。

第二原審が前記栄泉丸を没収し得ないものとして被告人等よりその原価二十二万千円を追徴したのは没収並追徴に関する関税法第八十三条の規定を誤つて適用した違法がある。即ち原審は前項冒頭掲記の通り被告人等が右栄泉丸を紀美水産有限会社の使用人として同会社の為に買受けたものであると認定し右栄泉丸は「本件の犯罪に係る貨物」で「これを没収し得ないから」関税法第八十三条によりその原価に相当する金二十二万千円を被告人より追徴すると判示しているが右栄泉丸が仮に没収し得るものとして之を没収し得ざる場合にその原価の追徴を為すべきものとしても同船は既に昭和二十六年二月二十日差戻前の原審に於て同審に於て同審の相被告人川満三郎、新吉豊一及吉田政則等の判決に際し同人等に対する附加刑として没収を宣告せられて該判決は確定して居り今日更に本件に於てその原価相当の追徴を科することは同一物件に付没収と追徴の二刑を科することになり関係者は二重の負担を科せられる結果となるから明らかに違法である。尚ほ関税法第八十三条に規定する追徴は「犯人ヨリ追徴ス」べきものであるが本件に於てその「犯人」と目すべき者は被告人両名のみでなく差戻前の原審相被告人を加へた全員を指称するものであるにも拘らず原審は此の点を看過し被告人両名のみに追徴全額を科したものであるから此の点に於ても違法がある。

以上孰れの理由よりするも原判決は破棄を免れないと信ずる。

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